二乗可積分な関数の定義に複素共役が使われる理由を解き明かす

はじめに

数学や物理学で頻繁に登場する「二乗可積分な関数」は、関数解析や量子力学の基盤となる重要な概念です。しかし、その定義を見ると、複素数値関数の場合に複素共役が現れることに疑問を持ったことはないでしょうか。なぜわざわざ複素共役を使う必要があるのか、単に絶対値の二乗を積分するだけでは不十分なのでしょうか。本記事では、この謎を解き明かし、複素共役が二乗可積分な関数の定義で重要な役割を果たす理由を詳しく探っていきます。

二乗可積分な関数とは

まず、二乗可積分な関数の基本的な定義を確認しましょう。関数 \(f(x)\) が区間 \(D\) 上で二乗可積分であるとは、次の条件が満たされることを言います。

$$\int_D |f(x)|^2 dx < \infty$$

ここで、\(|f(x)|\) は複素数値関数 \(f(x)\) の絶対値(モジュール)を表します。このような関数全体の集合は \(L^2(D)\) と呼ばれ、ヒルベルト空間として重要な役割を果たします。

複素共役が使われる理由

実数値関数の場合、絶対値の二乗は単に関数の二乗 \(f(x)^2\) となります。しかし、複素数値関数では事情が異なります。複素数の絶対値の二乗は、次のように関数とその複素共役との積で表されます。

$$|f(x)|^2 = f(x) \overline{f(x)}$$

ここで、\(\overline{f(x)}\) は \(f(x)\) の複素共役を示します。複素共役とは、複素数の虚部の符号を反転させたものです。つまり、\(f(x) = a + ib\) であれば、\(\overline{f(x)} = a – ib\) となります。

複素数の絶対値は

$$|f(x)| = \sqrt{f(x)\overline{f(x)}}$$

で定義されており、これを二乗すると \(|f(x)|^2 = f(x)\overline{f(x)}\) となります。したがって、二乗可積分性を考える際には、複素共役を用いることが欠かせないのです。

内積とヒルベルト空間の視点

ヒルベルト空間では、関数間の「内積」が重要な役割を果たします。複素数値関数の空間 \(L^2(D)\) における内積は、次のように定義されます。

$$\langle f, g \rangle = \int_D f(x) \overline{g(x)} \, dx$$

この内積の定義において、第二引数 \(g(x)\) の複素共役を取ることが重要です。これは、内積が以下の性質を満たすために必要です。

1. 線形性:
$$\langle f, \alpha g + \beta h \rangle = \alpha \langle f, g \rangle + \beta \langle f, h \rangle$$

2. 共役対称性:
$$\langle f, g \rangle = \overline{\langle g, f \rangle}$$

3. 正定値性:
$$\langle f, f \rangle \geq 0$$ かつ $$\langle f, f \rangle = 0$$ のとき $$f = 0$$

これらの性質を満たすために、内積の定義では複素共役が不可欠となります。特に、同じ関数同士の内積 \(\langle f, f \rangle\) は必ず非負の実数となり、それが関数のノルム(大きさ)の平方に対応します。

ノルムは次のように定義されます。

$$\| f \| = \sqrt{\langle f, f \rangle} = \left( \int_D |f(x)|^2 dx \right)^{1/2}$$

このように、内積とノルムの定義には複素共役が深く関わっており、それが二乗可積分性の条件にも反映されているのです。

具体的な例

実際の計算例を見てみましょう。関数 \(f(x) = e^{ikx}\) (\(k\) は実数)を考えます。この関数の絶対値は常に 1 であり、絶対値の二乗も 1 です。

$$|f(x)| = |e^{ikx}| = 1$$

$$|f(x)|^2 = 1$$

この場合、\(f(x)\) とその複素共役 \(\overline{f(x)} = e^{-ikx}\) を掛け合わせると、

$$f(x)\overline{f(x)} = e^{ikx}e^{-ikx} = e^{0} = 1$$

となり、やはり絶対値の二乗と一致します。このように、複素共役を用いることで、絶対値の二乗を正しく計算できることが確認できます。

複素共役が欠かせない理由

もし複素共役を使わずに単に \(f(x)f(x)\) を積分してしまうと、結果は一般に複素数になってしまい、ノルムや内積の基本的性質を満たさなくなります。これではヒルベルト空間としての構造が壊れてしまいます。

また、量子力学では波動関数の内積や期待値の計算において、複素共役が不可欠です。これは、観測可能な物理量が実数でなければならないためであり、複素共役を用いることでこれが保証されます。

まとめ

  • 二乗可積分な関数は、絶対値の二乗が有限となる関数であり、\(L^2(D)\) 空間を形成する。
  • 複素数値関数の絶対値の二乗は、関数とその複素共役の積 \(f(x)\overline{f(x)}\) で表される。
  • ヒルベルト空間の内積定義において複素共役を用いることで、内積の基本的な性質(線形性、共役対称性、正定値性)が成立する。
  • 複素共役を使わない場合、内積やノルムが複素数になり、空間の構造が破綻する。

以上のように、二乗可積分な関数の定義に複素共役が使われるのは、数学的な整合性を保ち、ヒルベルト空間の構造を維持するために不可欠なのです。これにより、関数解析や量子力学などの理論が確固たる基盤の上に成り立っていることが理解できます。複素共役の役割を正しく認識することで、さらなる数学的洞察や物理的直感を得ることができるでしょう。